時知らずの花

始発待ちアンダーグラウンド ムラタ・ヒナギクさんの独り言

外にいた青 - 雛菊side

 

 

 

 

真っ暗だった、なんだかどこにいるのかすらわからないような、いや自室にいるのはわかってはいるんだけど僕の心の中は真っ暗になっていた。

心って見えないものだし、結局表現の一部でしかないから本当のことなんて自分しかわからないけどその自分自身ですらわからなくなる時がある、たぶんきっと全人類がそうなんじゃないだろうか。何も笑えない。心の行き場は、ない。

 

イヤホンから流れる音の音量を上げては止める、心が音楽を受け付けてない。それなのに体は音を求めている、無音が、雑音がうるさくて。だから無理やり聴かしてやってんだけど嫌なものは嫌らしく耳から引っこ抜いてた。なんでだよ、やめてくれよ。またぶち込む。

ただでさえ真っ黒なのに他人の言葉なんか聴いていられなくて全然知らないクラシックばかりとりあえず流してるのにそれですら今は吐き気がする、なんでだよ、やめてくれよ。でも止められない。

 

言葉にできない不快感と不安感がずっしりと僕の首を絞めつけてくる。目に見えてないはずなのに、まるでそこにいるかのようにのしかかってきやがるんだよこいつは。

 

こういう時僕は瞼の中の世界に逃げてしまうんだ。走って、走って、なんだか息が苦しくて溺れてしまうような感覚になって。

すると父さんがいつも話しかけに来てくれる。どうしたのって聞くんじゃなくて奴はギターとゲームを抱えて遊ぼうぜって言ってくる。はぁ?そんな気分じゃないって伝えるとふーんとちょっと残念そうにしながらコーヒーを勝手に入れてくれて隣で本を読んでいた。こんな時にしか来ないくせに。そんなのいつでも出来るくせに。

 

でも、それがなんだかあの時の日常を見せてくれてるみたいで僕は隣でひとりで泣いていた。結局泣く。泣かせてくれる。泣きつかれるまで。瞼の外にも溢れてて、僕はそれで帰らなきゃと気づく。ここにいちゃいけないんだったね。そうだったね。

幻想に過ぎないのに、最後はいつも褒めてくれた。大きくなったね、歌上手くなったね、可愛くなったね、さすが俺の娘だね、ヒーローになれよ、生きろよ、でも遊べよ、家族は大切にな、よろしくなって、笑いかける。僕はわかってるよとまた逢いに来てよと次に会うときはもっと美人になっとくよと笑い返す。あ、僕もう笑えてるじゃん。

 

父さんの事は正直よく知らない。もう会えないから。瞼の中にしかいないから。でも僕はとても父さんに似ているらしく、ばあちゃんに会いに行くとまるでまた会えたみたい、二人に会えて得した気分、といつも笑ってくれた。

生まれ変わりでは勿論ないけど、血はしっかり引き継いでる、生きている、僕の心の中でずっと生きているしなんなら憑依でもしてるんじゃなかとだろうか。

それを望んでいるのは僕なのだが。

 

瞼の外から呼ばれた気がして目を開ける、知っている天井、いつもの天井。明かりをつけるのが嫌いで真っ暗の部屋で僕は毛布に包まっている。外は春の日差しがカーテンを照らしていてそいつがやけに青く感じて、眩しかった。

スマホのアプリが耳に刺さる音で通知を知らせてきた、時は勝手に流れているものでいつの間にか寝ていたのかもしれない。朝にシャワーに入る派なのでぶちかけて目を無理くり覚ます、おはよう。鏡に映る僕は風呂場が一番可愛く見える。自分しか見えてないからなんだと思う。

当たり前の日常が結局幸せなんだよなぁ、と鏡の自分にシャワーをかけた。

 

真っ暗はいつも突然襲い掛かってくる、奴は勝手な奴だよ、わがままちゃんだ。でもどうにかして受け入れられたらいいんだけれども。逃げるのが上手になっただけでも褒めてもらいたいものだ。

時間が過ぎ去っても追いかけないように生きていけるはず、今はどうかはわからないけど、いつか。

 

メルヘンだかメンヘラだかサイコパスだが知らないけれども、こうやって逃げても瞼の中で勝手に解決しているのだから許してほしい。なんて誰にも責められたりしてるわけじゃあないんだけどさ。

 

でもこうして繰り返し生きていくのだろう、明日にはきっと父さんはあの世界にいないけれども、いつか勝手に現れるんだろうな。その時は一緒にギターでも弾けるように練習しておこうか。そしたらまた褒めてもらえるかな。下手くそ過ぎて怒られるだろうか。確認しなくちゃいけないな、これは。

 

 

 

また会えるその時まで、僕は生きていく。